ソフィ カル作品解説(佐藤雅晴 展併催 「原美術館コレクション展:トレース」より)【原美術館】


ソフィ カル「限局性激痛」(1999年)
「原美術館コレクション展:トレース」展展示風景 

原美術館では、現在「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴―東京尾行」(1階展示室I、II、他)を開催中です。佐藤雅晴は、実写映像をトレースした(写し取る・なぞる)アニメーションで独自の表現を追求している作家です。身近な人々や日常の風景・光景をビデオ撮りし、それをコンピューターに取り込み、ペンツールソフトを用いて限りなく撮影したものに近づくよう膨大な時間と労力を費やして一筆一筆“描き”、アニメーションに仕上げています。

【「原美術館コレクション展:トレース」展を併催】
2階展示室(III、IV、V)と階段には、佐藤雅晴の制作技法「トレース」をテーマに、原美術館所蔵作品の中から作品を選び、展示しています。今日はそこから、フランスを代表する女性現代美術作家、ソフィ カル「限局性激痛」(1999年)をご紹介します。

【ソフィ カル 「限局性激痛」とは】
「限局性激痛」とは、医学用語で身体部位を襲う限局性(狭い範囲)の鋭い痛みや苦しみを意味します。本作は、カル自身の失恋体験による痛みとその治癒を、写真と文章で作品化したものです。人生最悪の日までの出来事を最愛の人への手紙と写真とで綴った第1部と、その不幸話を他人に語り、代わりに相手の最も辛い経験を聞くことで、自身の心の傷を少しずつ癒していく第2部で構成されています。

本展では第2部のみ展示しています。自身の人生をさらけ出し、他人の人生に向き合うカルの制作は、しかし一方で、虚か実か判然としない曖昧さも漂っています。この作品は、1999年、原美術館での展覧会のためにまず日本語版として制作され、その後フランス語や英語版も世界各国で発表されています。


1999年に開催された「ソフィ カル 限局性激痛」 第1部 展示風景(参考図版)

【ソフィ カルとは】
ソフィ カルは、1953年パリ生まれ。主に写真と言葉で構成した物語性の高い作品の制作で知られています。見知らぬ人々を自宅へ招き、自分のベッドで眠る様子を撮影したものにインタビューを加えた「眠る人々」(1979年)や、ヴェネツィアのホテルでメイドをしながら、宿泊客の部屋の様子を撮影した「ホテル」(1981年)、拾ったアドレス帳に載っていた人物にその持ち主についてのインタビューを行い、日刊紙リベラシオンに連載した「アドレス帳」(1983年)など、彼女の作品は常に論争を巻き起こしています。

90年代の「本当の話」や「ヴェネツィア組曲」なども含め、虚実入り混じる不思議な作品を制作する一方で、「盲目の人々」(1986年)から始まった盲人に焦点を当てたシリーズにおいて、美術の根幹に関わる視覚・認識についての深い考察を行っています。また、映画製作を行なう他、カルの生き方に感銘を受けたポール オースターが、彼女を小説「リヴァイアサン」の登場人物マリア ターナーのモデルとしたことをきっかけに、逆にカルがターナーを演じた作品「ダブル・ゲーム」(1998年)を発表するなど、その活動は現代美術の枠組みを超えて広く注目を集めています。

原美術館では「限局性激痛 ソフィ カル」(1999年)の後、「ソフィ カル―最後のとき/最初のとき」(2013年)を開催しました。後者は豊田市美術館に巡回(2015年)の後、現在2016年3月21日(月・祝)まで、長崎県美術館にて開催中です。

【「限局性激痛」フランス語版作品集が当館ミュージアムショップに入荷】
 
『Douleur exquise』 税込4,320円 (2003年発行)

失恋、視力を失った話―自分の人生をさらけ出し、「心の痛み」を綴ったテキストが丁寧に鑑賞者の心に届けられます。 フランス語、ハードカバー、カラー281ページ。
※原美術館では特別に和訳冊子をお付けしております(一部和訳がない部分もございます)。

【「限局性激痛」制作“こぼれ話”】
1)原美術館で世界初公開
日本滞在が契機となって誕生した作品「限局性激痛」。日本で最初に発表したいという作家の希望を受けて原美術館での展覧会が実現しました。第1部、第2部ともに当館の壁面を計測し、全ての作品のサイズやプロポーションが割り出されました。その後に作られたフランス語版はテキスト部分が日本語版より少し縦長に。展示空間に合わせた微調整からも作家の類まれな美意識がうかがわれます。

2)フランス語版
ちなみにフランス語版”Douleur Exquise”はポンピドゥー国立近代美術館での大個展(2003-2004年)に出品された後、同館コレクションに加わりました。

3)テキスト刺繍は新潟で

「限局性激痛」第2部で特徴的なのは、テキストが全て刺繍でつづられている点。「見本と寸分違わず刺繍できる凄腕の職人がフランスにいる」という作家の情報を受けて、当初、日本語のテキストをフランスで手刺繍してもらう予定でした。しかしなにしろ膨大な量です。新潟にある刺繍工場の方と偶然にも幸福な出会いがあり、大変な協力を得て、まずは日本語版の機械刺繍が完成しました。生地は作家こだわりの麻布をベルギーからお取り寄せ。作家も出来栄えに大いに満足した結果、フランス語版も新潟で制作されました。

4)こだわりの翻訳
ソフィ カル作品の命ともいえるテキスト。コピーライターの竹内桃子さんにお願いして、原文にあるニュアンスを取り込みつつ、貴重な日本語版テキストを完成しました。

5)第1部で被写体となった品々
  
15年間封印されていた思い出の品々。行動を記録した手書きのメモ、地図、ポラロイドやコンタクトプリント、(中国の)紙幣、そしてあってはいけない某ホテルの鍵….などなど。(本展未出品)

6)哲学者やアーティストも作品に参加
第二部で、自らの最もつらい体験をカルの失恋体験と交換した相手の中には、哲学者やアーティストも。当館にて個展を開催したジャン=ミシェル オトニエルも実はその一人です。

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「原美術館コレクション展:トレース」
会場:原美術館ギャラリーIII、 IV、V、他 主催:原美術館

[出品作品]
米田知子 「トロツキーの眼鏡―未遂に終わった暗殺計画の際に燃やされた辞書を見る」
ゼラチンシルバープリント 120×120 cm 2003年

ベルント&ヒラ ベッヒャー 「4つの坑口」
ゼラチンシルバープリント 各57.1×47.4 cm(4点組) 1989年

ジェイソン テラオカ 「隣人」
紙にアクリル、インク、接着剤 各20×16 cm(88点組)2006年

シンディ シャーマン 「アンタイトルド フィルム スティル」
写真 21×26 cm 1978年

シンディ シャーマン 「アンタイトルド フィルム スティル」
写真 26×21 cm 1980年

森村泰昌 「薔薇刑の彼方へ(潮騒が耳朶に触れる)」
ゼラチンシルバープリント 48×58 cm 2006年
ソフィ カル 「限局性激痛」(第2部)
1999年

「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴―東京尾行」
詳細はこちら

現在、佐藤雅晴インタビュー記事を準備中。どうぞお楽しみに!

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「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴―東京尾行」
併催「原美術館コレクション展:トレース」 [出品作家:ソフィ カル、ベルント&ヒラ ベッヒャー、森村泰昌、シンディ シャーマン、米田知子、ジェイソン テラオカ(順不同]
2016年1月23日[土]-5月8日[日]

原美術館コレクション展(仮題)
2016年5月28日[土]-8月21日[日]

「篠山紀信 快楽の館」
2016年9月3日[土]-2017年1月9日[月・祝]

原美術館ウェブサイト
http://www.haramuseum.or.jp
http://mobile.haramuseum.or.jp

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