記者会見録/ソフィ カル展[原美術館]

「ソフィ カル―最後のとき/最初のとき」
原美術館 記者会見
(2013年3月19日 16時30分より/於 原美術館ザ・ホール)

【「最後に見たもの」(2010年)について】
イスタンブールに滞在しリサーチをしていたところ(*1)、イスタンブールがビザンティン時代に「盲目の街」と呼ばれていたことを知りました。イスタンブールに最初に住むようになった人々が美しく肥沃な側ではなく、醜い方の岸に住んでいたため、そのように呼ばれるようになったのだそうです。本当なのかはわかりませんが、神話として言い伝えられています。

(*1)「最後に見たもの/最初に見たもの」は2011年、第12回イスタンブール ビエンナーレに関連して開催されたサバンチ美術館(イスタンブール)の個展で発表されました。

かつて私は「盲目の人々」(1986年)という作品を作りました。それは、生まれつき目の見えない人に「美」について質問したものです。制作時に、後天的に視力を失った人々に多く会いましたが、このプロジェクトに合わなかったためインタビューができなかったのです。それが心残りで、いつかは失明した方々を対象に作品を作りたいと考えていました。すぐに制作しなかったのは繰り返しが嫌だったのと、他のプロジェクトが目白押しだったからです。

ですから、イスタンブールが神話の中で「盲目の街」と呼ばれているのを知り、盲目の人を対象にしたプロジェクトにぴったりだと思いました。失明した人たちを盲学校、NPOや大学などでインタビューしました。目の見える私たちが残酷に思える質問のようでも、失明した人たちにとってはそれほどショッキングなものではなく、彼らの人生の一部としてそれを受け入れ、話してくれました。


「最後に見たもの」(2010年)(C)ADAGP, Paris 2013

インタビューで伺ったお話に沿ってポートレートを作成しました。例えば、特定のモノ―椅子、ベッド脇のランプであったりした場合は、ご自宅に伺って撮影させていただきました。一方、拳銃や車の事故等の場合は、彼らがそれを説明している様子をとらえました。町の時計台の場合はそこまで行って撮影し、ご主人の場合はご主人を撮らせていただきました。なるべくお話の内容に近い写真を撮りました。

例外が一人だけあります。最初の写真の方です。その方は生まれつき盲目の方です。最初に(イスタンブールの)盲学校に行き、作品への参加希望者を募ったとき、その方が絶対に参加したいと言ったのです。この作品の対象外だと申し上げましたが、どうしても参加したいと何回もおっしゃるので、自分の夢について語った作品で参加していただきました。

【「海を見る」(2011年)について】
「最後に見たもの」と同じころにこの作品を作りました。イスタンブールに3カ月いた折、ある新聞の記事を訳していただきました。そこには海を見たことが無い人について書かれていました。それは、まるである一つの階層のように社会から排除されてきた人たち、水に囲まれたイスタンブールなのに海を見たことがない(主に内陸部出身の)貧困層として書かれていました。私はソーシャルワーカーの方と、恵まれない人たちが住んでいる地区に行き、海を見たことが無いという人々にお会いしました。そこで14人の方を2日間かけて海にお連れし、海を見ていただきました(*2)。

(*2)遠くの海ではなく、また船に乗って頂くのではなく、あえて彼らの家から10キロと離れていない海へお連れしました。彼らの身近なところに未知の世界が広がっていることを体験してほしかったのです。(ソフィ カル談/来日滞在中の対話より)

どうやってそれを映像に収めるかを考えました。もし私が映像を撮って上手くいかなかったら、初めて海を見ることを2回やっていただくわけにはいきません。そこで、キャロリーヌ シャンプティエという映画監督に同行して頂きました。カメラの位置については、まず、見る人と海の間にカメラを置くことを考えました。が、それだと海を見るのではなく、カメラを見ることになってしまいます。また、その人たちの生活を描くテレビドキュメンタリーようになってしまうのでやめました。

初めに撮ったのは赤ちゃんを抱いた女性でした。そのときは後ろに1台、横に1台、合計2台のカメラを使っていたのですが、作品に使った映像は後ろに構えたカメラの方です。私は横にいましたが、すると本人の感動が伝わりすぎて、これはちょっと違う、と思ったのです。その方は海を見ながらずっと話しかけていて、彼女の親密な空間にカメラが入り込みすぎている、彼女が海に対して感じている親密な感じを、私が居ることによって壊してしまうような感じがしたので、これはまずいと思ったのです。

そこで、背中が多くを物語る、そしてその人と一緒に海を見ることができる、と考えました。そこで、後ろにカメラを据えることにして海を見てもらい、見終わったら同じ眼差しを振り返って私に見せていただくことにしました。


「海を見る」(2011年)(C)ADAGP, Paris 2013

【質疑応答】
Q: 「最後に見たもの」に関する質問です。一人の方にどれくらいインタビューをしましたか?あと、人によっては最後に見たものよりもその前に見たものの方が印象に残ると思うのですが、なぜ最後に見たものなのですか?

A: 私が関心のあるのは最後のときなのです。最後のときというのは経験しているときはわからない。最後のときとは一体何だろうか。それはとても詩的なものに思えます。また、参加者はもしかしたら最後のイメージではないものや、自分の興味があるものについて語ってくれたかもしれません。彼らが語り、私がそれを撮る。いつのことについて語られているのかは、それほど重要なことではありません。社会学的に、最後に見たものの典型例がどういうものか研究しているわけではないのです。テキストと写真があって、それが芸術作品となればいいと考えています。

肖像写真が2枚ある人とは、一日一緒に過ごしました。最初は違うイメージを考えていました。私はイスタンブールのことを知らないので、盲目の人にイスタンブールを案内してもらおうと思ったのです。するとその人は一人で行動できることを主張し始めました。私はトルコ語がわからないためにあまり上手くいきませんでした。そこで途中で相手を変えて、あの写真となったのです。数時間かかった方もいますし、10分という短い人もいました。相手により異なりました。


展示室でのソフィ カル

Q: 「最後に見たもの」のほうは非常に具体的なものになっています。一方、「海を見る」は原始的な重みを感じます。その対比について意識されていることをお聞きしたい。

A: いいえ、具体的とか抽象的とかいう組み合わせではなくて、タイトルになっているように、最初に見たものと最後に見たものを組み合わせています。たとえば、私はパーティの最初と最後は好きなのですが、真ん中に起こることはあまり好きではありません。

Q: 「海を見る」ですが、海を見たことがない人々ということですが、彼らも写真などで海を見たことはあるのでは?

A: 確かに、写真などをご覧になったことはあるとは思いますが、やはり本物を見るのは全く違う感覚だと思います。子供が出てくる映像作品がありますが、彼らの反応を見て、テレビなどで海を見たのではないか、と思いました。水に入るときに、無意識にズボンやスカートをひきあげているのですが、靴は脱がないのです。その対比が面白いなと思いました。

Q: 「海を見る」の、海を見たことがないという人は、海を見たいと欲していたのでしょうか?それとも作品の一部になることに興味があったのでしょうか?

A: 芸術作品になるということに興味はなかったと思います。その方々の日常生活はそこから遠いところにありますので。むしろ一日の休暇で海に行けることに惹かれていたのだと思います。

Q: 海を見たことが無い人たちは海を見ることを欲していたのですか?憧れがあったのでしょうか?

A: 私も現地の言葉がわからないので、本当のところはわからないのです。作品制作というのは社会学的なものではありません。彼らは海を見てもいいなと思い、私はある芸術作品のアイディアがあって、それらが合致したのです。彼らと何日か過ごしてその人生をよく理解する、ということを目指したわけではないのです。また、中にはトルコ語も話さず、クルド語のみを解する方もいたので、通訳の人とも会話が成り立たず、会話自体も限られていました。

―――(了)―――


杉本博司氏とソフィ カル

記者会見の後、オープニングレセプションが行われ、原美術館メンバーや美術関係者の皆さまに、一足先に展覧会をご覧頂きました。

こちらは、レセプション中の1コマ。本展には、ソフィの過去の代表作「盲目の人々」(1986年)より1点だけ、杉本博司「海景」と組み合わせた特別版「盲目の人」(1999年)が出品されています。作品の前で手をつなぐお二人…貴重なショットです!

サントリーワインインターナショナル株式会社ご提供によるローラン・ペリエ シャンパンと、ピエール・エルメ・パリご提供によるソフィ カルをイメージしたケーキを皆さまにお楽しみいただきながら、和やかな展覧会のスタートとなりました。


フランス大使館 文化参事官ベルトラン フォール氏とソフィ カル

撮影:木奥惠三

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「ソフィ カル―最後のとき/最初のとき」
2013年3月20日[水・祝]-6月30日[日]

「坂田栄一郎─江ノ島」
7月13日[土]-9月29日[日]

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