◎佐藤雅晴メールインタビュー 1 「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴―東京尾行」[原美術館]

(佐藤雅晴氏と本展担当学芸員・坪内雅美との間で行われたメールインタビューを3回に分けてお届けします。)

出品作品『Calling』制作背景
坪内雅美(以下、T):今回、小規模ながら「ハラドキュメンツ」という形で原美術館に佐藤さんをお招きすることができ、とても嬉しく思います。私が初めて拝見した佐藤さんの作品は『アバター11』(2009年)だったと思うのですが、その後「No Man’s Land」で『Calling』(2009-2010年)を拝見した際、実は同じ作家さんであることに気付きませんでした。『Calling』では、見慣れたものを見ているようで何かがおかしく、自分の目の前のものが何なのか、上手く言葉に表せなかったことを覚えています。つまりそれは私にとって新しい視覚体験であり、上手く理解できなかったがゆえに、佐藤さんの作品を欠かさず追いかけるようになったわけですが、まず初めにあの不思議な『Calling』の映像がどのように制作されているのか、技術的な面から教えてください。


作家近影 撮影:大島成己

佐藤雅晴(以下、S):まず、デジタルビデオカメラ、パソコン(iMac)、描画と映像編集のためのソフト(Photoshop, After Effects)、ペンタブレット(ペン状のマウス)のおおまかにいうと4つの道具を使って制作しています。例えて言うと、カンバスがパソコンで絵の具がソフト、筆が ペンタブレットというふうにデジタル機器を使いつつもおこなっている作業はアナログな行為です。とはいっても、15年ほど前にはじめてパソコンで絵を描き出した頃は、 ペンタブの扱いにかなり苦労しました。パソコン上で絵を描いたことのある人にはわかる感覚ですが、ペンタブをつかって手を動かす行為とモニター上に映し出される行為の軌跡に多少のタイムラグを感じます。当たり前ですが、実際にカンバスに色を置いていく作業にはそうしたタイムラグは当然起きません。そうした誤差感覚は慣れれば気にならない程度の些細な問題ですが、アナログで絵を描くときの征服していくような満足感とちょっと違っていて、自分という存在が描けば描くほど軽くなっていきます。

あっ、話がちょっと逸れてしまいました。『Calling』の制作についてでしたね。『Calling』は、他の映像作品にくらべて動画の部分は格段に少ないので、デジタルビデオカメラで撮影した被写体の映像をパソコンに移して、1秒間に24コマの画像の中から適当に選んだ1コマをもとに Photoshopでトレースします。最初の工程では線で物の輪郭をなぞっていきます。例えば部屋の風景の場合は画面に写っている机やイス、洗濯機や小物まですべての輪郭のある対象を描いてから、今度は物別にベースの色を塗っていきます。

この時点で線と面の具象と抽象の間のような絵が完成します。そのあとは虫眼鏡ツールで画面を拡大して、テンペラ技法のような感じでタッチを重ねてひたすら描写していきます。完成に向けて描いていく段階でトレースしていた元の画像は脳裏に焼き付いていくので元画像のチェックする頻度は少なくなって、最終的には自分のイメージが投影された画面が出来上がります。


「Calling(ドイツ編)」アニメーション、ループ(7分)、シングルチャンネル ビデオ、2009-2010年

つくりたい欲求を満たすためにたどり着いた「なぞる」行為/トレースという手法
T:はぁ~。想像はしていましたが骨の折れる作業ですね。なぜそのような面倒な手法で制作をするようになったのでしょうか?通常の絵画制作よりもペンタブレットで描くほうが「自分という存在が軽くなっていく」という今のお話に関連しますか?そういえば、そもそも佐藤さんは学生時代に油画を専攻していたのに全く絵画制作をせず、その後もドイツでのモラトリアム的な時間が続いたと伺いました。トレースという手法はその状況を大きく変えるものだったのでしょうか?

S:もともと中学生の頃から美術系の高校に進学するためにアカデミックな絵の特訓に励み、進学した高校も美術に特化したところだったので、授業の7割は美術にあてられたカリキュラムで油画、デザイン、日本画、彫刻を3年間かけてひととおり学びました。その後、東京芸術大学の受験に1度目は失敗して上京し、三鷹の美術予備校で朝から晩までひたすら絵を描きました。そうして一浪して芸大に無事に受かったものの約7年の間に古典絵画から近代絵画のすし詰めを食べ過ぎたせいか、絵を描くという行為に全く興味を失ってしまいました。その反動もあってか、それまで軽視してきた現代美術の世界に深い理由もなく飛び込んでいきました。(例えば、学部1年生の学内展示ではアトリエで同級生と一緒に展示するのがいやで、野外にあった巨大な土手に市内から集めた廃材を敷き詰めて展示したり、大学院の終了展には自分の全身の型をとって蝋人形をつくり、毛髪や陰毛をそってそのコピーした自分に植えつけたりしていました。)

中学生から大学を卒業するまでに「美術」と呼ばれるような表現方法をひと通り試した結果、以前にもまして「美術」に対しての興味が冷めていきました。そうした中、心機一転するべくドイツのデュッセルドルフ クンストアカデミーに留学します。アカデミーには正規の学生として入学するのではなく聴講生として在籍したので、留学して2 年後ビザが切れてしまいました。でも、まだ何もつかんでいない状態で日本に帰国するのはもったいないと思い、それまでお世話になっていた日本食レストランに就職しました。当初は、飲食業をしながら空いた時間に制作をすれば問題ないと簡単に考えていましたが、朝から厨房でランチの仕込み、混雑するランチタイムをこなし、休憩のあと夜営業の支度をしてお店が閉店するまで次の日の仕込みとオーダーをこなす。疲れ切った体を癒すためにビールを飲んで帰宅するのは夜中の2時頃。そしてまた同じ工程を毎日繰り返す。そんな日々を2年以上も過ごしていくうち、次第にアーティストとして活動したいという欲求も薄れていきました。

「毎日、同じ味をお客様に提供しなければならない!」と働いていたレストランの社長は口酸っぱく言ってました。

坪内さんの「トレースという手法はその状況を大きく変えるものだったのでしょうか?」という質問にもしも答えられるとしたら、「トレースという手法はその状況から自然に生まれた」といえる気がします。それは作品を完成させるまでの余裕がない状況のなかで、しかし何かつくりたいという欲求を満たすための「なぞる」という行為でした。

メールインタビュー2へつづく)

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《お知らせ》 「Meet the Artist:佐藤雅晴」
佐藤雅晴が自らの制作について語ります。当日は参加者の中からお一人を選び、トレースの実演も行います。

日時:2016年3月26日[土]2:00 pm – 3:30 pm
場所:原美術館 ザ・ホール
参加費:無料(要入館料)
定員:80人
募集開始日時:2月26日[金]11:00より
申込方法:お電話(03-3445-0651、開館時間中のみ)またはEメールにてお申し込みください。Eメールの場合、件名に「イベント申込み:Meet the Artist」、本文に氏名、連絡先電話番号、同伴者数をお書き添えの上、event@haramuseum.or.jpまでお送りください。

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「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴―東京尾行」
併催「原美術館コレクション展:トレース」 [出品作家:ソフィ カル、ベルント&ヒラ ベッヒャー、森村泰昌、シンディ シャーマン、米田知子、ジェイソン テラオカ(順不同]
2016年1月23日[土]-5月8日[日]

みんな、うちのコレクションです
2016年5月28日[土]-8月21日[日]

篠山紀信展 「快楽の館」
2016年9月3日[土]-2017年1月9日[月・祝]

「エリザベス ペイトン」展(仮題)
2017年1月21日[土]-6月4日[日]

原美術館ウェブサイト
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