ミカリーン トーマス アーティストトーク レポート

東京・原美術館より

2月17日(木)、プロジェクト「ミカリーン トーマス:母は唯一無二の存在」開催を記念し、ニューヨークより作家を迎え、アーティストトークを行ないました。このトークは駐日アメリカ合衆国大使館主催「ブラック ヒストリー マンス」(*1)の一環として、札幌、福岡に次ぎ、原美術館においては当館と共催で開催されました。以下はその要約です。


ミカリーン トーマス(Mickalene Thomas)

《現在の制作にいたるまで/発想の原点》
弁護士を目指し、オレゴン州ポートランドの大学で学んでいた頃、ポートランド アート ミュージアムでキャリー マエ ウィームズ(Carrie Mae Weems)の写真と出会い、アートの道を志すようになりました。一枚の写真に、家族、ジェンダーやセクシュアリティといったテーマが含まれていることに、興味を覚えたのです。

その後、プラットインスティテュート(BFA)、およびイェール大学(MFA)にて絵画を学びつつ、写真の勉強にも力を入れました。イェール時代初期には、「モナ リザ」、有名歌手のピンナップ、自分のポートレイト、という異なるイメージを組み合わせた作品などを制作しました。また、さまざまな衣装を身につけて違う自分を演出、そして近所の住人になりすまし、大学構内でセルフポートレイトを撮影する、というパフォーマンス的な要素のある作品にも取り組みました。このように試行錯誤しつつ、自分なりの「美」の概念を探っていきました。

絵画においては、スーラ、マネ、ゴーギャンなどが描いた作品におけるヌードや身体の描写をリサーチしました。またマリック シディベ(Malick Sidibe)(*2)セイドゥ ケイタ(Seydu Keita)など、アフリカ人を撮影したアフリカ人写真家の作品にもインスピレーションを受け、黒人の身体とその美を描くことへの関心を深めていきました。

こうしたトークを通して過去の作品をまとめて振り返ってみると、自分の作品には(1970年代の)「ブラックスプロイテーション」(*3)映画の雰囲気があることを感じますね。ブラックスプロイテーションについては批判もありますが、私の世代にとっては、例えばパム グリアが演じた「フォクシー ブラウン」は、力強い女性像としてたいへん魅力的に思えます。

《技法・素材について》
写真を学んだ経験を絵画制作のツールとして用いるようになりました。写真をコラージュし、レイヤーを重ね、そこから絵画へと発展させる手法を試みたのです。

現在では、写真、コラージュ、絵画はそれぞれ独立した作品として発表しています。私は写真を撮る場合も、過去に見たことの無いイメージを作りたいと考えます。そこで人物の背景も含めてセットを組み、小道具も全てそろえて撮影をしています。構図だけでなく、布地や文様、室内装飾にも関心があります。

従来用いられなかった素材を作品に持ち込んだラウシェンバーグの影響もあり、大学時代よりラメなど通常は絵画に用いられない素材にも取り組んできました。ハイアートとロウアート、「絵画」と「クラフト」の橋渡しとなる要素があると考えています。

ラインストーンを使う制作については、大学時代にスーラを参照し、カラフルな点描の手法に取り組んだこと、オーストラリアでのレジデンスプログラムの折に見たアボリジニの絵画の影響などもあります。また、ラインストーンを使うことには意味があります。アクリル製の安価な物からスワロフスキーなどの高級品、チェコ製の中間価格のものなど、ピンからキリまでグレードのあるラインストーンを用いることで、人が身体を覆い、装うことで自分をどのように見せたいのか、あるいは見られたいのか、何がリアルでそうでないのか、という問題を提示しています。50~60年代初期ごろにアメリカで家の改修に使われた手頃な素材、ウッドパネルも、私はよく絵画に使っていますが、これも同じく表層を覆って見た目を変える、ということの象徴なのです。

 

《原美術館所蔵作品「ママ ブッシュ:母は唯一無二の存在」(2009年)について》


原美術館における展示風景

この作品は、アングルの「オダリスク」(1814年)に着想を得、私の母をモデルに描いたものです。母とは長い間葛藤がありましたが、写真を撮るという作業を通じて、二人の関係を修復できました。制作の過程で昔の話を聞くこともでき、私自身も黒人女性であることをよく理解することができたのです。かつてモデルだった母は感受性が豊かで、時には一人の女としてエロティックな要素も表現することができ、カメレオンのように変化します。私のベストの作品は母をモデルにした作品だと言えます。彼女は私のアイコン、ミューズなのです。作品タイトルは、母の名前サンドラ ブッシュと、One of a kind(唯一無二)という言葉に、このシリーズの作品が二つあるということで、さらにTwoとつけました。ちょっとした言葉遊びです。

*1「ブラック ヒストリー マンス」とは、1976年から米国とカナダで主に毎年2月(英国やその他の地域は10月)を黒人の歴史や功績を顕彰する月間として定め、人種や価値観の多様性の課題について考える機会を積極的に企画する月間。http://connectusa.jp

*2 マリック シディベ(1935年生まれ マリ共和国在住)の写真は、原美術館の「生きる喜び-アフリカの二人:J.D.オカイ オジェイケレ と マリック シディベ」(2004年2月11日 [水・祝]-4月11日 [日])でも紹介され、反響を呼んだ。本人も展覧会にあわせ来日し、J.D.オカイ オジェイケレ(J.D.’Okhai Ojeikere)、ゲストキュレーターのアンドレ マニャンとともに、東京日仏会館にて当館と共催で講演会を行なった。(当館ウェブサイトのExhibition欄アーカイブにて展覧会概要がご覧いただけます。)

*3「ブラックスプロイテーション(Blaxploitation)」とは、black(黒人)とexploitation(搾取)をあわせた造語。1970年代初頭にアメリカで生まれた映画のムーブメント。アフリカ系アメリカ人を主人公としたアフリカ系アメリカ人のための娯楽映画であり、しばしば低予算、短期間で制作された。犯罪劇、アクション、ホラー、コメディ等のジャンルがあり、サウンドトラックにはファンクやソウルが用いられた。犯罪者など、ネガティブでステレオタイプな黒人像を描いた点で批判を招くようになり、70年代後半にこのジャンルは廃れたが、スパイク リー、クエンティン タランティーノなど、後の映画人に大きな影響を与えた。
(参考資料1:American Heritage Dictionary
2.“What is Blaxploitation?”by Robert Vaux

ミカリーン トーマス アーティスト トーク
2月17日[木] 6:30-8:00pm (会場:原美術館ザ・ホール/主催:駐日アメリカ合衆国大使館、原美術館/日英逐次通訳:松下由美/聴講料無料)

プロジェクト「ミカリーン トーマス:母は唯一無二の存在」は、6月12日[日]まで東京・原美術館で開催中。(併催:「Be Alive! ―原美術館コレクション」)


ミカリーン トーマス http://mickalenethomas.com

トーク、展示、作家撮影:木奥惠三(作品図版を除く)
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「Be Alive! ―原美術館コレクション」
2011年1月14日[金]―6月12日[日]

品川駅と原美術館を結ぶ無料ミニシャトルバス「ブルンバッ!」毎週日曜運行中。
[協賛:ブルームバーグL.P./アーティスト:鈴木康広]
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