10_メアリー=エリザベス ヤーボロー 「ホームアゲイン」展作家解説[原美術館]

「ホームアゲイン―Japanを体験した10人のアーティスト」展出品作家メールインタビュー。2007年に滞在制作をしたアメリカ出身のメアリー=エリザベス ヤーボローは、ミュージシャンとしても活動しており、日本のカラオケ文化や演歌に関心を持ちました。聞き手: NPO法人アーツイニシアティヴ東京[AIT/エイト] *この文章は展示室にも掲示されております。


本展記者会見にて 撮影:木奥惠三

メアリー=エリザベス ヤーボロー Mary-Elizabeth Yarbrough アメリカ、1974年生
サンフランシスコ在住。サンフランシスコのカリフォルニア カレッジ オブ アーツで修士号を取得。テレビやインターネット等のメディアからポップカルチャーのイメージを取り出し、さまざまな色のテープを細かく切り貼りする手法で緻密な平面作品を手掛けている。彼女は、東京滞在中(2007)、日本のカラオケと演歌の文化に関心を寄せた。例えば、日本以外の国々のカラオケは、見知らぬ人々の前で歌を披露するのに対して、日本では小部屋で友人たちと歌を楽しむということ。そして、美空ひばりの歌やファッション、舞台で歌う独特の姿などにも興味を抱く。それらが東京での作品制作の出発点となり、日本のカラオケ文化を題材とした平面・立体作品が制作された。

問1:2007年に東京に滞在した際、「カラオケ」に関心を寄せていました。それはなぜですか。

まず、どこにでもあり、東京で出会った誰もが簡単にアプローチできるその気楽さでしょうか。私は、滞在中にコンピレーションアルバムを制作しましたが、その協力をお願いしたとき、みんなが快く引き受けてくれました。当初、出会ったばかりの人にアルバムの参加をお願いするのは、かなりハードルが高いことだろうと思っていたので、意外なことでした。それどころか、参加者の多くは、萎縮したり緊張することがありませんでした。それだけ、カラオケは彼らには日常的なことで、文化に内在している行為、もしくは成熟した文化と言えるのでしょう。これは、とても魅力的なことでした。さらに、驚いたのは、東京では、カラオケは、個室で友だちや会社の仲間などの少人数で行くということ。特に、会社で顔を合わせる関係の人たちと、そのような親密な儀式が行われているとは予想しませんでした。アメリカでは、誰かをカラオケバーに誘うこと、そして人前で歌わせる(ましてや録音する)ことは、とても難しいことです。というのも、日本のように個室ではなく、夜のバーに設置されたステージの上に立って、大勢の前で歌うのがアメリカのカラオケです。バーにはKJ (カラオケジョッキー)がいて、歌う順番を決める役割を担っています。順番は常に民主的で公正な方法で決まるとは限りません。待たされたり、えこひいきがあったり、賄賂などもあるでしょう。東京のカラオケではこうしたことが一切ないことも新鮮でした。

問2:美空ひばりにはなぜ惹かれたのですか?彼女の歌は日本で初めて知ったのですか。

美空ひばりのことは、AITのロジャー マクドナルドとの会話の中で初めて知りました。その時に、美空ひばりの長年に渡る人気、そして、人生の多くの時間を観衆の前で過ごし、不動の優美さと尊厳を持ち続けたことに興味を持ちました。
彼女は音楽業界に多大な影響を与え、その移り変わりの中で現在においてもなお人々に尊敬され、崇められています。アメリカでこのような歌手は思い浮かびません。スキャンダルや汚名も無く、死後もその名誉を保ち続けている彼女は魅力的です。私は、東京滞在開始後すぐに誕生日を迎えましたが、その時に美空ひばりのコンピレーションアルバムをもらいました。その中の一曲が、その時に制作した作品に使われています。

問3:あなた自身もミュージシャンとして活動していますね。美空ひばりの歌を使った作品を制作したのは、音楽を通して異なる言葉や文化を理解する手段だったといえますか。

私のアートの実践は、常に私が作る音楽と連動し、互いに影響関係にあるといえるでしょう。例えば、私の平面作品は、多くの時間と労働を伴い、忍耐と集中力を必要とします。音楽の即時性は、その対局にあるものとして作用します。私にとって、即時性と忍耐性の二つがあることは重要です。また、バンドのライブでは、どんなに練習をしていても、本番ではその通りにいかないことがあります。パフォーマンス的な要素を持つ作品では、そうした恐怖感に向き合うことで、今ではうまくアドレナリンに転換するようにしています。音楽やパフォーマンスに対するこうした高揚感こそが、東京で制作する作品で、音楽対位法として美空ひばりを選んだ理由です。音楽は文化を越境するものなので、日本のアイコンともいえる美空ひばりは、東京、ひいては日本の文化への入り口になると思いました。私は言語の壁を越えることはできず、ましてや曲の歌詞もほぼ理解できませんでしたが、そのように愛された歌手を、カラオケ文化を通して真似ることで、理解や尊敬を表現できると思いました。また、彼女を通して文化を
学ぶことで、仲間との交流も自ずと深まりました。

問4:その時の作品は、文化間の差や読み違い、真似をすることなどを楽しんでいるように見えました。

美空ひばりの「花笠道中」を覚えるとき、ヘッドフォンで繰り返し楽曲をきき、フレーズごとに曲を止め、音声のみから歌詞をつづりました。このような方法で私はこのプロジェクトに取りかかりました。コンピレーションアルバムに関わる人たちもそれは共通していました。カラオケとは、人前で初めて歌う勇気を持つ人々を祝福するものだと思います。そこでは、完璧に歌うことが重要なのではなく、歌をどう豊かに解釈し、いかに爽快になるかが重要です。
私のコンピレーションアルバムに参加した人々は、英語を母国語としない人たちばかりです。私が日本語の歌を学んだ方法と同じように、彼らも繰り返し、真似をしながら歌を覚えました。そのため、私の歌う「花笠道中」は、発音を直してもらったり完璧に歌い上げるようなことはせずに挑んだものなのです。

問5:ダクトテープを使った新作について説明してくれますか。作品に描かれた空白や深い穴は、近年起こっている自然災害や惨事などを喚起しているのでしょうか。

この作品シリーズでは、記憶や心に永遠に残るような重大な出来事や、人生を変えるような瞬間に遭遇した人々の様子がさまざまに表現されています。これらの作品は、何かが起こった直後の様子をとらえています。そこでは、人々がとっさに取る直感的で知覚的な動きや、原始的あるいは本能的とも言える反応が見られます。これは、まさに、近年の自然災害や惨事を喚起しています。ハリケーン カトリーナ、ハイチ地震、スリランカの津波などのイメージは深刻でした。その様子は広く伝達されましたし、恐ろしいものでした。こうした被害や犠牲を見ていたとき、私自身が直接的に何かを失ったわけではないにも関わらず、強い衝撃として残りました。これに対して私がしたことは、それを体験した人々の深い悲しみを内在化し、その強い圧迫のなかで自分がどう反応できるか想像してみることでした。そして、作品を通して、人々に共通するこうした想いを表現することでした。


展示風景 撮影:木奥惠三

問6:これらのイメージはテレビなどのマスメディアからのものですか。

新聞や雑誌など、さまざまな媒体からイメージを引用しています。この作品に使われた画像は1974年のナショナルグラフィック誌(作品「虚空の中へ」)、ニューヨークタイムズ紙の旅行面(作品「電子葬儀/明日の夢」)、そして、コーヒーショップで見つけたミネソタの地方紙の表紙(作品「変化(太陽の下で日々が始まり、終わる)」)などです。これらは最近の出来事ではありませんが、そこに写る人々の個人的な反応や体の動き、黙想的な状態に、現在起こっていることと共通のものを感じました。私の作品はまた、こうした出来事に対するアメリカのテレビやマスメディアの取り上げ方に反発するものでもあります。24時間報道されるニュースに映る自然災害や人災の様子に人々は慣れ切ってしまいますが、私はそこからある種の瞬間を取り出したいと思っています。メディアが出来事を即座に記録、再生、放送し、その瞬間の「意味」を作りあげるとき、本質的な要素や当初の衝撃は散在し、簡単に忘却されていくのです。私は、作品を通してこうした出来事の視点をより限定することで、鑑賞者に、そこで起こっている犠牲やその後の変化、そして新たな発展を考える場をつくりたいと思いました。

Tumbler本展特設サイト http://homeagain2012.tumblr.com/
*BLOGにて作家や展覧会の動向を随時更新します。

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「ホームアゲイン―Japanを体験した10人のアーティスト」
8月28日[火]-11月18日[日]

「MU[無]―ペドロ コスタ&ルイ シャフェス」
12月7日[金]-2013年3月10日[日]

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