◎佐藤雅晴メールインタビュー3 「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴―東京尾行」[原美術館]

2016年3月14日
(佐藤雅晴氏と本展担当学芸員・坪内雅美との間で行われたメールインタビューを3回に分けてお届けします。メールインタビュー1メールインタビュー2

「日常」に目を向けるきっかけとなった、ある本との出会い
S:なかなかできたばかりの作品について語るのは難しいものですね。自分がなぜトレースするために東京という場所を選んだのか、またありふれた日常風景を記録しようと思ったその理由を考えると意識的な思考はある程度出てきますが、もっと深層心理に眠っているものを見つけ出したいと思っていたら、気づくと返信にすごく時間がかかってしまう。何かいい答えを引き出そうとすればするほど陳腐なものしか浮かび上がらず、そんな状況ですから自分の無意識を探ることなど不可能に近いことがわかりました。ここはいったんすこし方法を変えて、いったいいつの頃から「日常」に目を向けるようになったのかを思い出すことにします。

二十歳の頃、ドイツの映画監督のヴェルナー・ヘルツォークという人を知りました。当時、同じドイツ人の監督で有名だったヴィム・ヴェンダースの映画のちょっとオシャレな感じの映画とはうって変わって、彼の映画の無骨で娯楽作品とは程遠い、全編を通して何か得体の知れない時間を提供してくれる映像に心底ハマりました。そしてヘルツォーク監督の映画について書かれた書籍を読みたくて本屋をまわると、唯一出版されていた監督自身が書いた『氷上旅日記』と出会いました。

この本は、恩師のロッテ・アイスナーが危篤だという報を聞いたヘルツォークが、真冬のなかミュンヘンからパリまでの700キロを徒歩で会いに行くまでを綴った日記でした。普通だったら、報せを聞いてすぐにでも汽車や飛行機に飛び乗って会いに行くところを、彼は徒歩で会いに行くことでロッテが助かると信じて実行します。
殉教者のごとく極寒の田舎道をひとりでひたすら歩き、疲れれば空き家に忍び込み眠り、また歩く。そうして3週間後になんとかロッテのもとにたどり着く。カメラを持たずに旅立った彼は、その行程のなかで見た出来事や夢をメモし記録します。

極限状況で見えてきたもの/癌を乗り越えて
「リンゴが、収穫する人もいないまま、木のまわりのぬかるむ地面に落ちて、半分腐って転がっている。遠くから見たときは、一本だけ葉がついていると思っていた木が、近づいてみると、不思議なことに、 リンゴがまだひとつも落ちずに、全部なったままだった。濡れた木には、葉は一枚も残っておらず、あるのは、 落ちることを拒んでいる、濡れたリンゴだけだった。」*

空腹や寝不足や寒さ足の痛み、そして孤独。もしかしたらとても無意味な行いをしているのかもしれないという不安と格闘しながら極限の状況に追い込まれるなかで、普段は通り過ぎて気にも留めないような様々な光景をヘルツォークは目撃します。

彼のつくる映画もそうですが、『氷上旅日記』のように自ら無茶をすることでヘルツォークは現実=リアルを獲得しようと試みます。ぼくにとって、彼の行動はとても真似できるものではないですが、『東京尾行』の制作中にぼくの場合は向こうから「無茶」がやってきました。それは完治していたと思っていた癌が再発し、すぐにでも手術をしなければいけないという告知でした。その後、手術は無事に成功し転移もなかったのですが、上アゴをすべて摘出したせいで入院中は痛みと熱でベッドから動けない状態になりました。そんな苦しむ姿にたいして妻が病室のテーブルにガーベラの花を添えてくれました。

そこで、ぼくはやっと、ヘルツォークが見た濡れたリンゴを見ることができたのです。




『東京尾行』 12チャンネル ビデオ、2015-2016年

*ヴェルナー・ヘルツォーク著『氷上旅日記 ミュンヘン―パリを歩いて』 藤川芳朗訳、白水社

(了)

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《お知らせ》 「Meet the Artist:佐藤雅晴」
佐藤雅晴が自らの制作について語ります。当日は参加者の中からお一人を選び、トレースの実演も行います。

日時:2016年3月26日[土]2:00 pm - 3:30 pm
場所:原美術館 ザ・ホール
参加費:無料(要入館料)
定員:80人
募集開始日時:2月26日[金]11:00より
申込方法:お電話(03-3445-0651、開館時間中のみ)またはEメールにてお申し込みください。Eメールの場合、件名に「イベント申込み:Meet the Artist」、本文に氏名、連絡先電話番号、同伴者数をお書き添えの上、event@haramuseum.or.jpまでお送りください。

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「ハラドキュメンツ10 佐藤雅晴―東京尾行」
併催「原美術館コレクション展:トレース」 [出品作家:ソフィ カル、ベルント&ヒラ ベッヒャー、森村泰昌、シンディ シャーマン、米田知子、ジェイソン テラオカ(順不同]
2016年1月23日[土]-5月8日[日]

みんな、うちのコレクションです
2016年5月28日[土]-8月21日[日]

篠山紀信展 「快楽の館」
2016年9月3日[土]-2017年1月9日[月・祝]

「エリザベス ペイトン」展(仮題)
2017年1月21日[土]-6月4日[日]

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